前言:在日友人建議我用日文也寫及貼些自己的文章。此文將於本年內出版。想不到金大俠威到東瀛

日本における金庸武侠小説の受容

 

1はじめに


   近年、グローバル化の急速な発展によって、世界各地の交流が頻繁になり、世界文化の多元化やハイブリッド化の現象が見られるようになった[Robertson, 1990: 18-22; Appadurai, 1996]。単一の外来或いは現地の文化が主流を占めるといった現象はもはや存在しなくなり、百花繚乱の多文化に取って代わられることとなった。香港と日本の文化交流もまた、文化グローバル化の大きな衝撃を受け、微妙な変化が生じている。日本は「流行文化大国」として、長期にわたって、香港及びアジアに不断に文化商品を輸出してきた。グローバル化が進行する中で、香港及びアジア文化は、日本においても市場を広げるようになった。香港の映画、音楽及び飲食文化等は、日本では消費のブームとなっている。最近では、香港の人気作家である金庸(査良庸,1924~)の武侠小説も人気上昇中である。こういった近年の日本における「香港ブーム」という文化現象は、非常に注目すべきものであるといえる。


  金庸は、今日の中国における「新派武侠小説」の代表作家である[岡崎,2002208-270]。(1)その作品は20世紀の50-60年代以降、すでに華人社会で一世を風靡していた。90年代になると、他言語に翻訳され、日本、韓国、東南アジア、中東及び欧米各地といった広範囲で注目されるようになった。中国文学に対して「古き重んじ、新しきを軽んじる」という態度をとっていた日本ですら、金庸に対しては、一目をおいていた[譚,198160-63, 80-89, 93-104]。(2)

学者や一般の読者であっても、金庸の小説には多大な興味を示していた。本論文は、90年代後半以降の、日本における金庸の武侠小説の普及、受容及びその影響について考察したものであり、日本の金庸ブームを例として、文化グロ-バライゼーション下の日中(日本香港関係を含む)文化の相互関係を探究することを目的としている。

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2. 金庸小説の日本語版


金庸は最初、日本では無名であり、ごく少数の中国文学の研究者や香港事情の専門家が注意を払っているだけであったが、誰も日本に紹介することはなかった。金庸本人も、日本市場を開拓する気持ちはなかった。日本語版は、日本人の積極的な動きによって出現することとなった。90年代中期、日本の大手出版社である徳間書店は、該社の市場調査によって、金庸が世界で最も売り上げのある華語作家の一人であるということを知り、金庸の全ての著作権を一気に買い取った。1996年4月、金庸は自ら日本に赴き、当時の徳間書店社長である徳間康快と契約を交わした。徳間書店は、中国語に精通する翻訳者を雇った。日本語版の監修には、早稲田大学中国文学研究の岡崎由美(専門は明清戯曲と中国小説)が担当した。全ての訳書は岡崎によって目が通され、加筆修正が行われた。実際に翻訳作業に携わったのは、岡崎と数人の大学講師及び専門の翻訳家(土屋文子、小島早依、小島瑞紀、林久之、金海南、阿部敦子、松田京子等)であった。岡崎はまた、古龍小説の日本語版の監修も担当していた。(3)彼女は中国武侠小説に対して造詣が深く、この仕事も手慣れたものであった。この翻訳グループの努力の下、日本語版に多くの金庸の原文の神韻を残し、好評を得ることとなった。徳間書店は、199610月より、金庸小説の出版を開始した。当初の計画では、5年の時間をかけて、『金庸全集』の内、15部(長編12部、中編2部、短編1部)36冊の著作全てを翻訳し、出版する予定であったが、この計画はかなり早急であることがわかり、若干期限が延期されることとなった。現在では、金庸小説の日本語版の翻訳はほぼ完成に近づいている。(4)

最初に出版された『書剣恩仇録』の売れ行きは上々であった。初版は短期間で完売し、すぐに第2版が印刷された。これにより、以降の全ての出版計画も心強いものとなった。徳間書店はこれ以降、金庸作品を続けて出版し、次第に、日本での中国武侠小説が読まれる土台を作り上げた。一部の日本人が金庸のことを「中国語圏の吉川英治」であるとも形容している[三潴,2001; 池田,1998424-425]。(5) 各国の言語に訳された金庸小説と比較すると、日本語版は、世界で最も印刷が美しく、凝ったデザインがなされている。高品質の紙による印刷とハードカバー以外にも、大量の挿し絵や図表が入っており、主要人物や基本用語についての説明もある。一冊平均千六、七百円であり、手頃な価格であるといえる。

金庸小説を1つの代表とする、香港、更に広い範囲では中国の通俗文学及び大衆文化が、日本において流行しているのには、更に多くの要因がある。まず、香港映画の影響がある。香港映画は、金庸小説日本語版の出版の際の布石となっている。香港映画は、1970年代以降、日本で人気を集めるようになった[, 1996: 15-128; 植地1999]。(6)

少なくない香港の武侠映画は、映画館やテレビで上映されるだけではなく、ビデオテープやDVDも大量に日本に輸入されており、それらは間接的に日本人の中国武術小説に対する興味を培ってきた。香港映画ファンの日本人にとっては、金庸小説の日本語版が出現する以前から、「東方不敗」、「東邪」、「西毒」、「少林」、「武当」、「丐幇」、「内功」、「気功」や「軽功」といった武侠小説の基本用語は馴染み深いものであった。

  第2に、金庸小説自身が、娯楽性と文学価値の双方を兼ね備えていることである。日本の読者は、そのストーリーや描き方に引かれる以外に、その中に多く見られる人道精神、正義感、そして人情味といった価値観に共感を覚えているのである。早稲田大学フランス文学研究の秋山駿は、日本語版の『笑傲江湖』を以下のように推薦している。「金庸はその武侠小説によって、漢字圏におけるベストセラー作家であるという。私は第1作を読んで、大いに感心した。大衆文学としてほぼ完璧である[小島,1998]。」 また、日本のSF作家である田中芳樹でさえも、金庸の武侠小説を絶賛し、以下のように評している。「金庸の作品は、歴史を「学ぶ」ために読むものではない。ただ夢中になって読みふけっていれば、おのずと中国の歴史や人物に触れ、その魅力ないし魔力にとりつかれてしまう[田中,19986]。」


  第3に、日本人の歴史小説(特に剣豪小説)に対する愛着も、ある程度、金庸小説が受容しやすくなる要因の1つとなっている。吉川英治、司馬遼太郎及び陳舜臣の歴史小説は知名度が高い。NHKの大河ドラマも高視聴率を保っている。日本人は金庸の武侠小説は、日本の剣豪小説に通じるものがあると感じている。双方ともに、忠義の士が強きに対抗し弱きを助けるという筋書きであることである[金,19963-4]。(7)

金庸小説は日本の剣豪小説に欠けているものを持っている。日本人は、金庸小説が快活あることや、強さと優しさを持ち合わせていることを好んでいる。日本の剣豪小説が血腥く、剛健な雰囲気を持っているのとは異なり、金庸小説の内容が厳かであること、また、まるで実際の人物と思えるような人物の描き方や、人の言動が微に入り細に入り描写されていることは、一般の日本の剣豪小説が及ばない点である。この他に、日本の読者はまた、金庸小説に登場するヒロインのたおやかさや、愛憎が織りなす感情の世界を非常に好んでいる。日本の剣豪小説はヒロインを重視せず、男女間の感情についてもさほど触れていないので、日本人は金庸小説に対しては、新鮮でロマンチックな感覚を抱いているのである[岡崎,2000]。文学評論家の香山二三郎は以下のように評している。「活劇あり、恋愛あり、陰謀あり。いよいよ佳境の大伝奇世界で、金庸マジックを味わいつくせ![小島,1998]」。人気小説家である馳星周も以下のように述べている。「悠久の大地を舞台に、武術と侠気に賭けた男たちが繰り広げる-大ロマン-。砂漠のごとき荒涼とした現代にあって、金庸の小説は読む者の心を潤わせる[小島,1997]。」。また、岡崎由美は「金庸の武侠世界は壮大なスケールの歴史背景に裏打ちされている。南宋や明末清初-わが国の戦国や幕末に匹敵するドラマ性豊かな時代。・・・日本には未知の中華伝奇世界が歴史と虚構の間で、手に汗握る物語を展開する。」と述べている[岡崎,1996]

  第4に、金庸小説は、日本人が大幅に手を加えることによって、流行文化の中に溶け込んでいることである。金庸小説は日本では、アニメーションや電子ゲームなどの流行文化に改変されている。日本の若者が、疑似的な想像空間から、金庸小説の世界へ入り込んでいるのである。多くの日本人は、まず、こういった金庸小説の副産品から接触してから、金庸小説の日本版を購読するのである。金庸小説の通俗化および文化商品化は、本末転倒の状況であるが、それが却って日本の若者の金庸に対する興味を引きつけることに成功しているのである。


3. 日本の金庸研究

  世では、金庸の研究(「金学」と呼ぶ人もいる)が溢れている。日本ではここ数年、金庸に関係する専門書、論文、ウェブサイトも出現している。とはいえ、日本の「金学」は初期段階にあり、著作は主に入門書程度のものである。専門的な学術書は多くなく、金庸小説に対する批評も乏しい。金庸の日本語版の主な翻訳者である岡崎由美自身が、金庸研究の代表者である。岡崎による『武侠小説の巨人:金庸の世界』(徳間書店、1996年)及び『きわめつきの武侠小説指南』(徳間書店、1998年)はともに金庸の入門書であり、日本語版の宣伝という感があることは否定できない。お茶の水書店が2003年に『金庸は語る中国武侠小説の魅力』(鈴木陽一著)というハンドブックを出版した。これら一般の読者を対象とした書籍は、日本人が金庸を知るための重要な役割を果たしている。

 論文では、早くは1990年に、北九州大学の華裔中国小説の専門家である葉言材が「武侠作家金庸」及び「武侠と武侠小説について」の2文章により、日本の読者に金庸を紹介した。1998年、岡崎由美がアメリカで開催された「金庸小説と20世紀の中国文学」学会で、「武侠と20世紀初頭の日本驚険小説」を報告し、金文京(京都大学教授)と岡崎由美は、神奈川大学で開催された「金庸作品の魅力を探る」という学会で、それぞれ、「金庸作品の背景」と「文章から見た金庸作品の魅力」を発表している。2000年には、岡崎が北京で開催された「金庸小説国際研討会」にて、「金庸作品と日本武侠小説」を報告したほか、中国文学の専門家である加藤浩志が『世界の文学』(2001年8月号)に、「金庸:香港武侠小説と映画」の一文を掲載している。こういった文章はともに深い研究であるとは言えない。日本人はまだ「金学」の国際的地位を築きあげていないようだ。海外金庸学会に出席しているのは岡崎由美だけである。

 金庸の名声が日本で上昇するに従って、岩波書店が1999年に出版した『現代中国事典』に、金庸の一項目(執筆者は京都造形芸術大学の塩見敦郎)が加えられた。金庸小説の日本語版以外に、池田大作の『旭日の世紀を求めて』によっても、日本人が別の角度から金庸を理解することになった。この本は、1995年から1997年までの2年間に、池田と金との座談会や手紙などのやりとりをまとめた対談集である。互いに、仏教理論、文史哲学、日中関係、香港の前途や武侠小説などに対して、的をえた見解を述べている。例えば、2人は、金庸小説の侠士がみな頂点に立ち、過ちを改める好人物であるということを述べる際に、現在の日本政府が戦時中の罪行を淡化させようとしていることに不満を表している「池田,199892-93」。


  金庸小説は、日本の学会で認められつつある。1996年、金庸が創価大学の名誉博士号を獲得したこともそれを証明するものである。創価学会会長の池田大作自身も金庸ファンである。創価学会は「世界平和維持への貢献賞」を金庸に授与した。また、200111月に、神奈川大学で「金庸作品の魅力への探索」というテーマの学術会議が開催され、金庸は基調演説のために招かれた。日中学者は、学会で金庸に関する論文を発表した。2002年9月には、同大学にて『金庸の世界と中国』という記念特刊を刊行した。また、2003年5月にも、同大学は『歴史と文学の境界:金庸の武侠小説をめぐって』の論文集を出版した。2002年最初の3か月は、NHKテレビの「中国語講座」(講師は岡崎由美)もまた『射鵰英雄傳』の中国語版を教材として採用した。金庸もまた、番組の最初にテレビ局のインタビューを受けた。この多くの視聴者を持つ「中国語講座」は、金庸ブームを更に加速させた。現在、日本では、少なくない大学の中国文学或いは中国歴史課程では、金庸小説を講義テーマや参考資料として引用するようになっている。また、金庸を研究対象とした卒業論文も出現している。(8)


日本の金庸ファンは、一種の同好組織を作っている。その中で代表的なものは「金庸茶館ML」、「金迷関東幇会」及び「金迷関西幇会」がある。それらは、ウェブサイトを開設する他、メンバーは常に集会を持っている。彼らは、金庸を教祖のように見ており、互いに、金庸小説の登場人物の名で呼び合い、金庸小説を引用して会話を進めている。それはまるで、中国武侠小説の世界に入り込んでいるかのようである。
200111月、金庸は東京神田の三省堂書店にて、サイン会を開いたが、その際にも、多くの金庸ファンが「あこがれの人」を見ようと押し寄せた。


4. 日本における金庸小説の副産品


     

金庸の日本での成功は、小説の売り上げだけではない。日本市場では、金庸小説と関連した副産品も雨後の筍のように出現している。その中でも、日本人が製作した『神鵰剣侠』のテレビアニメーションシリーズは、その中でも最も代表的なものである。該アニメーションは、『ちびまるこちゃん』や『中華一番』を製作したNippon Animationによって、金庸から『神鵰剣侠』の著作権が買い取られ、その後、香港のJade Animationと共同で、中編アニメーション(計26話、1話30分)として制作されたものである。(9)Nippon Animationは『中華一番』の安納正美監督を『神鵰剣侠』の監督に登用し、主人公である楊過には声優の浪川大輔を起用した。『神鵰剣侠』のテレビアニメーションのストーリーは、楊過とヒロインの小龍女が出会ってから、2人が絶情谷を脱出するところまでを描いており、このシリーズが、物語全体の序幕であるとも言える。この方法は、市場で受け入れられるかどうかの試作でもある。内容は原作に忠実であり、カンフーの一挙一動までが、子細に描写されている。日本らしさを取り入れて、美しく描かれた人物像には、明らかな中国の特色は見られない。このアニメーションは、200110月に、フジBSで放映され、評判は良かったものの、視聴率は高いものではなかった。これは、フジBSが衛星放送であるということが主な要因である。この日本らしさを備えた金庸アニメーションは、同年、台湾の中国語テレビ(華視)でも放映されたが、台湾の同時期に放映された番組の中では最高視聴率を記録し、アニメーションの中でも3位となった。その日本語版に、中国語の字幕が付いたVCDとDVDの売れ行きも上場であった。このアニメーションは、2003年の夏に、香港の無線テレビでも放映されることとなった。『神鵰剣侠』の第2シリーズ(第27-54話)は、2003年下旬には日本で完成され、2004年には、日本と香港と台湾で放映される予定であり、おそらく「金庸現象」は途切れないであろうと考えられる。


日本アニメーションのガンダム
シリーズの、「機動武闘伝Gガンダム」(1994年、全49話)に、『笑傲江湖』の登場人物である東方不敗が加えられた。その中で、東方不敗は、武術のアジアチャンピオン、前世界「ガンダムファイト」での優勝者という設定で、「新香港」代表という身分で登場している。カンフーの一挙一動も、中国武侠小説によるものである。該シリーズの今川泰宏監督は、典型的な香港武侠小説及び映画のファンである。この作品の至る所に、中国武侠小説への崇拝を垣間見ることができる。東方不敗は戦闘力が最も強い役柄であるというだけではなく、東方不敗の愛馬も「風雲再起」と名付けられている。また、合体四天王グランドマスターガンダムの1人も「笑傲江湖」(もう1人は「天剣絶刀」)となっている。互いの戦闘方法もかなり武侠小説化されている。(例えば「真流星胡蝶剣」や「石破天驚拳」などの必殺技がある。)東方不敗の臨死の際での、徒弟を前にした遠方の斜陽の暖かい情景は、香港映画版の東方不敗が崖から墜落する前、孤沖と視線を交わし会うという場面を連想させるのである。「機動武闘伝Gガンダム」もまた、電子ゲーム(任天堂とPS)、模型(バンダイ)、小説、音楽CDやTシャツなどの商品を出している。


  金庸小説の人物は、商業アニメーションだけではなく、同人誌の対象にもなっている。例えば、同人誌の漫画家であるXionは、精巧なCG(コンピュータグラフィック)による絵画を数多く販売している。また、寺島令子は、金庸小説をもとにしたユーモア4コマ漫画を作成している。コスプレでも、金庸小説の登場人物が出現しているほどである。


  金庸小説の日本語版の発行は、その挿し絵を担当している香港人漫画家の李志清の知名度を大きく上げた。李は、中国の水墨画の技法によって、中国の歴史人物を描き、日本人から称賛されている。1993年、日本で李による『三国志』が出版され、李は日本人に最もよく知られる香港人漫画家となった。そして、1996年以降、金庸小説の日本語版の挿し絵は、李が担当するようになった。李の名声や絵の価値の高さから、日本人は李に漫画や小説の表紙や挿し絵を描いてもらおうと必死になった。金庸もまた、李志清の絵を絶賛し、以下のように述べている。「私のいくつかの小説は、日本語に訳され日本で出版されているが、その成果にかなり満足している。これら日本語版の挿し絵は李志清氏によって描かれているが、日本の読者は、一般の日本の漫画と比べると繊細で躍動的である李氏の挿し絵を非常に気に入っている。また、彼らは、漫画の中の人物が、日本の漫画の人物よりも、ハンサムで美しいと感じているのである[金,2000]。」李はその後、漫画版の『射鵰英雄傳』及び『笑傲江湖』を出版した。内容は原書に忠実であり、描き方も美しく繊細であるが、残念ながら日本語版は出版されていない。李はまた、金庸の日本語版の挿し絵百枚あまりを『李志清侠士図』として出版した。李の作品は、日本の金庸ファンのコレクションとなった。


  金庸小説の多くは、台湾人によってインターネット上のゲームとして改編された。中でも、智冠科技製作による『金庸群侠傳On-Line』(1996年、開始)は、アジア各地で最も人気を集めている。『金庸群侠傳On-Line』は、登場人物がゲームを演じる形式(RPG或いはrole playing game)で、金庸の代表作14部の登場人物が一堂に会し、武林の王者の座を競い合うというものである。言語の壁はあるものの、日本でも多くのファンがおり、関連する日本語のウェブサイトや同好組織(例えば、「金庸群侠傳On-Line日本幇会」や「東瀛幇」)まで出現している。そのソフトの設計と絵画を担当したのは、台湾の漫画家平凡と陳淑芬であり、2002年5月5日には大阪でサイン会も開いている。智冠科技は、2003年初めに『三国演義On-Line』を世に出した。反応が良ければ、日本語版の『金庸群侠傳On-Line』も製作することになっている。『金庸群侠傳On-Line』以外にも、台湾人によって開発されたインターネット上のゲームには、『神鵰侠侶』(智冠)、『天龍八歩』(智冠)、『倚天屠龍記』(智冠)、『鹿鼎記』(智冠)、『侠客英雄伝』(精訊)、『新神鵰侠侶』(昱泉)及び『笑傲江湖』(昱泉)などがある。全て日本語版はないが、多くの日本の金庸ファンに試されている。(10)

 テレビ
ゲームでは、ソニーのプレーステーションが日本語版の『射鵰英雄伝』(2000年)を出している。これは、ソニーコンピュータエンターテイメント(SCE)が開発したRPGゲームである。香港は多方面にわたり、協力を行っている。CG製作に秀でている先濤数 は、オープニングのアニメーションを担当し、金庸親子は「監修」を務めている。(11)また、SCEに所属する桐田富和及び中国出身の蔡以強が製作責任者となっている。このゲームの画面と音楽は中国らしさが取り入れられている。日本人がこのゲームを使いこなせるようになるために、日本語版には多量の解説と手引きが用意された。使用方法は、一般の戦闘シリーズのRPGゲームと大差はない。創造的な部分は、使い手が、内功、外功及び軽功から、自分の門派を選択することである。格闘の形式は、小説(例えば、内功は「降龍18拳」であり、軽功は「逍遙遊」である)によるものである。このゲームは、ストーリー性が強いため、使い手はテレビドラマを見ているような感覚に陥る。この日本人によって開発された金庸ゲームの中国語版は、アジア各地で売り出されており、それもまたSCEによる最初の中国語RPGゲームである。日本語版(台詞は北京語、字幕は日本語)と中国語版は同時(20001130日)に発売された。元々中国のものであったものが、日本人による商品化を経て、再び中国に輸出されることは、文化のグローバル化では常に見られる興味深い「逆輸入」現象の一種の反映でもある。

 金庸小説の改編による映画もまた、日本語字幕を付けたり、日本語に吹き替えたりされて、ビデオやDVDという形になって、日本市場に出回っている。中でも人気を集めているのが、『清朝皇帝』(許安監督)、『スウォーズマン剣士列伝』(徐克監督)、『スウォーズマン女神伝説の章』(程小東監督)、『大英雄』(王家衛監督)、『ロイヤルドランブ』(王晶監督)、『楽園の瑕』(王家衛監督)などである。1993年には、「神鵰侠侶現代版」ともいえる『九二神鵰之痴心長剣』(王晶監督)も日本の映画館で上映された。『射鵰英雄伝』をもとに更にストーリーを展開させた『楽園の瑕』は、1996年末から1997年初めにかけて、日本全国の映画館で上映され、注目を浴びた。一部の日本の金庸ファンはまた、金庸小説の中国語テレビドラマ(一部に日本語の字幕がある)でさえもレンタルしている。また、金庸小説と関係のある各言語の小説、アニメーション、テレビゲーム、映画のポスター、舞台劇場雑誌、雑誌の特集号、テレフォンカード、登場人物のプラモデルなども、日本の金庸ファンのコレクションとなっている。


5. 日本における金庸現象の意義


 グローバル化が、世界各地の文化間における相互の影響と競争を推し進めている。文化の独占状態も、次第に文化の多元化に取って代わられるようになっている。こういった背景の下、近年、映画、音楽及び飲食といった少なくない香港文化が、日本で人気を集めている。これは、長期にわたって、バランスがとれていなかった日本と香港の文化交流に、よい影響を与えている。金庸ブームは、近年の日本における1つの中型文化現象になっている。それはまだ、ジャッキーチェンの映画や、フェイウォンの音楽や、香港式飲茶などといった誰もが知るほどのレベルには達していない。金庸小説の日本語版がもたらした中国武侠小説ブームは、1996年以降、ずっと安定した発展を続けており、更に、それに伴う異なった種類の文化商品も出現している。


  今日の世界各地の文化産業に携わるビジネスマンは、市場を海外まで拡大し続けているため、商品にも常に多言語版が出現している。中国のモノには日本語版が、日本のモノにも中国語版が出現している。世界各地の文化の境界線は曖昧になってきており、純粋な中国文化或いは日本文化を見つけることすら難しくなっている。金庸の小説及びその副産品がよい例である。香港製の金庸小説には日本語版が出版されており、また、中国、台湾及び香港で製作された金庸の映画及びテレビドラマにも、日本語の字幕が付いている。日本人が製作した金庸のアニメーションやテレビゲームには、日本語版と中国語版がある。それらの製作にはみな香港人が関わっている。よって、ここから、グローバル化における世界各地の文化の相互性とハイブリッド化を見出すことができる。グローバル化の下で、国と地域を越えた提携が多くなり、それは、コストやリスクを削減するということだけではなく、資金、人材、市場および創意を増加させることにもつながっている。日本人は非常に積極的に中国、台湾、および韓国などと提携をしている。日本人が製作した金庸のアニメーションとテレビゲームには全て中国人が携わっているのである。


  金庸小説の日本語版、更に日本人が製作した金庸のアニメーションやテレビゲームも、多少の金庸の「通俗化」および「現地化」(または「日本化」)を招いている。現代社会は、クラシックなモノや複雑なモノを通俗化し、文化商品として市場に出すことを好んでいる。日本人は最もこれに長けている。例えば、『三国志』及び『西遊記』といった中国の古典や現代文学は、金庸小説のように、様々な形の流行文化に作り変えられている。(12)その改造の過程では多量に日本らしさが加えられているのである。日本人が製作した金庸のアニメーションやテレビゲームは、スタイルや表現の仕方が非常に日本化されている。楊過は美少年のように、小龍女はテレビゲームの『ストリートファイターズ』『キングオブファイターズ』中の女性登場人物の装いで格闘をするように、東方不敗に至っては、ガンダムの機械人間として描かれているのである。金庸小説は、今後、日本でますます普及していくことになるであろうが、「日本金庸」と「香港金庸」の姿は、現在の「似て非なるもの」から、「完全に異なるもの」に変わってしまうかもしれない。


 日本人が金庸に接触する過程から反映される多元化、ハイブリッド化、国と地域を越えた提携、通俗化、および現地化などの趨勢は、グローバル化の急速な発展の下で、すでに普遍的な現象になっている。金庸小説の愛読者から見ると、それは邪道であると言えるかもしれない。しかし、実際にはそれらが金庸小説に現代意義および活力を与え、金庸小説を、新しい時代の中で更に発揚させ、様々な方法で生き続けさせることになっているのである。






(1)「新派武侠小説」は、1950年代以降、金庸、古龍及び梁羽生といった香港と台湾出身の作家によって創作された武侠小説を指し、戦前の還珠楼主や平江不肖生等による武侠小説とは区別されている。新派武侠小説は、伝統的な武侠小説を基礎とし、現代(西欧のものを含む)の要素を取り入れたものである。伝統的な観念や古い手法にとらわれず、現代語や現在の角度から、中国の歴史を描いている。中国武侠小説の新旧両派の相違点については、[岡崎,2002208-270]を参照。


(2)実際に、金庸の小説は中国現代文学に属するが、内容は中国歴史であるため、日本人は完全に「古き重んじ、新しきを軽んじる」という態度を捨てているわけではない。


(3)古龍小説の日本語版は、主に小学館から発行されている。少なくない訳書は金庸小説の訳者によるものである。古龍小説は日本では多くの人によって読まれているが、出版冊数やその影響は金庸小説の日本語版には及ばない。


(4)金庸小説の日本語版15部の序列は以下の通りである:『書剣恩仇録』、『碧血剣』、『侠客行』、『笑傲江湖』、『雪山飛狐』、『射鵰英雄傳』、『連城訣』、『神鵰侠侶』、『倚天屠龍記』、『越女剣』(付『白馬嘯西風』、『鴛鴦刀』)、『飛狐外傳』、『天龍八部』及び『鹿鼎記』(出版中)。最初の3セットは価格も手頃で、携帯に便利な文庫本(一冊571円)であり、その他はハードカバーである。日本語版と中国語版にはさほど変わりはなく、若干の書名の変更があるだけである。(例えば『神鵰侠侶』は『神鵰剣侠』に、『笑傲江湖』は『秘曲笑傲江湖』に変更)この他、『白馬嘯西風』と『鴛鴦刀』は、『雪山飛狐』ではなく、『越女剣』の日本語版の後に付け足されている。


(5)吉川英治(1892-1962)は、日本で著名な歴史小説作家であり、ほとんどの著作がベストセラーになっており、「国民的作家」であるとも言われている。代表作品には、『宮本武蔵』、『三国志』及び『新書太閤記』等がある。金庸も吉川の小説を愛読している。三潴正道はかつて、吉川の『宮本武蔵』と、金庸の『神鵰侠侶』を比較したことがあった[三潴,2001]。他に、田中芳樹、馳星周と池田大作なども金庸のことを「中国の吉川英治」と称している。日本語版『書剣恩仇録(第1巻)』の表紙帯及び[池田,1998]を参照。


(6)香港映画は1970年代に日本市場に入り込み、その後何度もブームを巻き起こした。1970年代初めのブルース・リーのカンフー映画、1970年代末の許冠文(マイケル・ホイ)のコメディー映画、そして、1980年代および1990年代におけるジャッキー・チェンのアクション映画およびチョー・ユンファのマフィア映画は、日本では非常によく知られている。香港の武侠映画は人気が高いとはいえないが、それでも多量に日本に輸入されている [, 1996: 15-128; 植地1999]


(7)金庸は、日本の剣豪小説が「忠」を強調し、彼の武侠小説は「義」を重んじていると指摘している。


(8)例えば、齋藤みどり「武侠小説(金庸の小説)から見た中国人」(新潟大学、1999年)及び陳婉菲「武侠小説に見られる擬言語の対照研究:金庸の作品とその日本語訳文をめぐる考察」(愛知大学、2001年)などがある。


(9)Jade Animationは、香港の無線テレビ局の子会社で、深圳に工場を持ち、中国大陸で雇用されたスタッフがアニメ制作や加工に携わっている。該社は、日本の会社とも何度も共同製作を行っている。


(10)『倚天屠龍記』のゲームソフトは、以前、日本の雑誌に広告が掲載されたことがあった[林,2000409]。日本の金庸ファンは、常にネット上で、中国語版の金庸ゲームソフトの攻略方法について論じている。


(11) 金庸は名ばかりのものであり、このゲームソフトの内容に関しては、事実上の監修を行っていないようである。なぜなら、本来は7人による「江南七怪」が、1人の人物として登場していることや、「降龍十八拳」が飛行する武器に置き換えられていることなどは、本来の小説とは異なる部分であるためである。


(12)日本人はいかに『三国志』を様々な流行文化に改造しているかは、[雑喉,2000]を参照。


 

文献



日本語


池田大作編,1998,『旭日の世紀を求めて』,潮出版社


植地毅,1999,『アジアンムービージャンキース』,水声社


岡崎由美,2002,『漂泊のヒーロー:中国武俠小への道』,大修館書店


小島瑞紀譯,1998,『秘曲笑傲江湖』,德間書店


小島早依譯,1997 ,『碧血劍』,德間書店


金庸,1996 日本の読者諸氏へ(給日本讀者序),見岡崎由美譯,『書劍恩


』,德間書店


三潴正道,2001吉川英治と金庸,見水野治太郎、櫻井良樹編,『宮本武蔵


は生きつづけるか』,文真堂


雜喉潤,2002 ,『三国志と日本人』,講談社


田中芳樹,1998金庸ワールドへようこそ,見岡崎由美編,『きわめつき武俠小説指南』,德間書店


林久子譯,2000,『倚天屠龍記』,德間書店


原智子1996,『香港中毒』,Japan Times



中国語


池田大作、金庸,1998,『探求一個燦爛的世紀』,香港:明河社


岡崎由美,2002,金庸作品與日本武俠小,見曉東編,『2000北京金庸小說國際研討會論文集』,北京:北京大學出版社


金庸,2000,,見李志清,『漫畫版射鵰英雄傳』,臺北:遠流出版社


譚汝謙 ,1981,中日之間譯書事業的過去、現在與未來,譚汝謙編,『日本譯中國書綜合目』,香港:中文大學出版社



英語


Appadurai, Arjun, 1996, Modernity at Large: Cultural Dimensions of Globalization. University of Minnesota Press


Robertson, Ronald, 1990, Mapping the Global Condition: Globalization as the Central Concept, in Mike Featherstone, ed., Global Culture. Saga

Posted by 知日部屋屋主 | 評論(3) | 引用(5) | 閱讀(35598)
知日部屋屋主 +
2005/08/10 19:47
神鵰俠侶不算是真正日本動畫。大部份工作都是TVB子公司翡翠動畫在深圳造的。我以前在中大一個講座講過。好像Henryporter blog有介紹。
hong +
2005/08/10 19:31
睇日本卡通片版神雕真係睇到嚇死

楊過狂給小龍女耳光.....搞錯
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